ノートが一冊埋まるまで

ガールズイラストレーターtoMokaのブログ

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【良玄寺】徳川四天王の一人「本多忠勝」の墓碑

こんにちは、史跡巡りが趣味な toMokaです。

 

徳川四天王といえば

酒井忠次榊原康政井伊直政

 

そして今回の主役

本多忠勝

 

大多喜城主、大鹿角の脇立て、蜻蛉切、

生涯100戦以上の戦で一傷も受けたことがない(負けたことがない)、等

とんでもない逸話がたくさんある名将です!

 

徳川方はあまり詳しくなのですが

関ヶ原本多忠勝の陣跡にも

行ってきたくらい好きな武将の一人です。

 

今回は大多喜にある

本多忠勝墓所をご紹介します!

 

前記事『続日本100名城「大多喜城」』の大多喜城周辺巡りの続きになります!

www.karappo55.com

 

徳川四天王の一人「本多忠勝」の墓碑

本多忠勝の墓碑は 大多喜城の近くにある「良玄寺」内にあります。

 

ちなみに関ヶ原の戦いの後、

1601年(慶長6年)伊勢国桑名10万石(現:三重県桑名市)に移っています。

 

なので

本多忠勝伊勢国桑名10万石(現:三重県桑名市)で最期を迎えました。

大多喜じゃないんです!

※大多喜は次男の忠朝が5万石で収めました。

 

なので今回紹介する墓所

三重県桑名市にある浄土寺から分骨されたお墓です。

 

良玄寺

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良玄寺(りょうげんじ)は、千葉県夷隅郡大多喜町にある浄土宗の寺院。山号は金澤山。本尊は阿弥陀三尊像。

ウィキペディア(良玄寺)より

1590年(天正18年)に大多喜城の城主となり10万石を収めた本多忠勝が開基として、1595年(文禄4年)に照誉了学の開山により創建されたお寺です。

 

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ちゃんと案内がありますので迷うことはありませんでした。

 

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他の檀家さんたちのお墓を通り過ぎた

一番奥にあります。

 

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右・本多忠勝 夫人の墓碑

中・本多忠勝の墓碑

左・本多忠朝の墓碑(忠勝の次男)

 

本多忠朝は忠勝の次男で、

忠勝が桑名へ移った後に大多喜に5万石で残りました。

 

ちなみに

伊勢国桑名は忠勝亡き後に嫡男である忠政が収めました。

 

お墓なので正面からではなく斜めから撮っています。

見づらくてごめんなさい。

 

本多忠勝銅像

良玄寺から歩いてすぐにある「行徳橋」のたもとに

小さめの銅像が2体あります!

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座り姿の

本多忠勝公。

 

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采配を振るっている

本多忠勝公。

 

大路鹿角の脇立てが格好いいですね!

アクセス

良玄寺(りょうげんじ)

住 所:〒298-0214 千葉県夷隅郡大多喜町新丁

 

良玄寺にも駐車場がありましたが

気が付かず近くの駐車場に止めました。。

観光地図

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墓碑がある「良玄寺」と銅像がある「行徳橋」は

歩いていける距離なので

ぜひ両方とも訪れてみてくださいね!

 

大多喜城と良玄寺の位置

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前回の記事で紹介した大多喜城は画像の右下

今回紹介した「良玄寺」は画像左上です。

 

大多喜城から車で5分くらい?で

そんなに遠くないと思います。

最後に

本多忠勝は桑名に移っているので11年くらいしか

大多喜の地にはいなかったのですが

大多喜町本多忠勝推しがすごいです。

 

大河ドラマ招致の署名もやっていますので

応援したいと思われましたら是非。

ちょっと難しい気もしますが、、、

 

大多喜は街並みも綺麗で史跡巡りもできていいところでした。

 

最後まで読んでくださって、ありがとうございました♪